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FP・弁護士・税理士・不動産鑑定士 専門家集団が斬る賃貸住宅市場
<第20回 明細書上にない損傷>


買受人による決定取消が可能  
「損傷」の定義、自殺などに拡張


天災や不可避の損傷発生時

先のリレー連載記事において、競売不動産の情報とその収集方法、いわゆる3点セット(資料)の概要について触れられていました。入札に参加される方(買受申出人)は、それらの情報・資料を十分に確認すべきことは言うまでもありません。

では、入札参加前に、物件明細書等の資料を十分に確認したにもかかわらず、その後、その資料に記載・反映されていない損傷等が判明した場合はどうなるのでしょうか。今回は、このような問題について掘り下げてみたいと思います。

まず、民事執行法75条1項には「最高価買受申出人又は買受人は、買受けの申出をした後天災その他自己の責めに帰することができない事由により不動産が損傷した場合には、執行裁判所に対し、売却許可決定前にあって売却の不許可の申出をし、売却許可決定後にあっては代金を納付する時までにその決定の取消しの申立てをすることができる。ただし、不動産の損傷が軽微であるときは、この限りでない」と定められています。

この条文は、本来、「買受けの申出をした後」に「不動産が損傷した場台」を想定しています。これは、本来、買い受けの申し出をする前の損傷は、民事執行の手続き上、当然に評価人による目的不動産の評価及びこれに基づく執行裁判所による売却基準価額の決定の段階で考慮され、また物件明細書の記載にもこれが反映されているはずだからです。

損傷の事後発見は買受人の利益に

しかしながら、執行実務の実際においては、目的不動産に損傷が生じているのに、執行官による現況調査、評価人による評価、執行裁判所による売却基準価額の決定及び物件明細書の作成等の各手続段階においてこれが見過ごされ、手続きが最高価買受申出人による買い受けの申し出以後の段階にまで進行することも皆無ではありません。この場台においては、目的不動産について生じた損傷は、売却基準価額にも物件明細書の記載にも反映されないわけですから、最高価買受申出人又は買受人を保護(救済)する必然性が生じてくるわけです(東京高裁昭和60年1月17日決定参照)。そこで、民事執行法75条1項は、「買受けの申出」の前の損傷の場台でも拡張して適用されると解されています。

また、民事執行法75条1項は、天災その他による「損傷」と規定されていますが、最高価買受申出人(買受人)が不測の損害を被ることは物理的損傷以外によって不動産の交換価値が著しく損なわれた場合も同様ですから、「損傷」以外の原因で目的不動産の価額が著しく低落した場台にも同条項が類推適用されると解されています。

例えば、@競売物件内で7年前に元所有者が自殺した事実が売却許可決定前に判明したケース(福岡地裁平成2年10月2日決定)や、A現況調査後に競売物件内で一人暮らしの元所有者が死亡し(死因は不明)数カ月後白骨化した状態で発見された事実が売却許可決定後に判明したケース(東京地裁平成18年8月30日決定)等、数多くのケースで同条項が拡張(類推)適用されています。

なお、損傷等が判明した場台の最高価買受申出人(買受人)側の手続きとしては、売却許可決定前であれば売却不許可の申し出を行い、売却許可決定後代金納付前であれば売却許可決定取り消しの申し立てを行うことになります(民事執行法75条1項)。もし、代金納付後であれば、担保責任(民法568条、民法561条〜民法567条)を追及できるかどうかの問題となります。

ところで、民事執行法75条1項が(類推)適用されるためには、「自己の責めに帰することができない事由により」という要件があり、もし、最高価買受申出人(買受人)の「責に帰すべき事由」がある場合には保護(救済)されないことになりますので注意が必要です。

例えば、競落した土地内に第三者所有の件外建物の一部分が侵人していたケースにおいて、東京地裁平成9年7月10日決定は、「現況調査報告書、不動産評価書を見た上で、本件土地、建物の所在する場所に赴いて見分すれば、本件件外建物の一部が本件土地上に侵人していることが容易に判明したことが推認できる。そうだとすると、現場確認をすることなく、物件明細書、現況調査報告書、不動産評価書の記載だけで、本件土地上には本件建物しかないと信じた買受人に、『責に帰すべき事由』がなかったとは言い難い」と言っています。

不動産競売市場には様々なリスクが伴います。入札に参加される方は、3点セット等の資料を十分に碓認するのはもちろんのこと、やはり、現場確認も含めて可能な限りの確認(調査)を行っておくべきといえるでしょう。



(著者プロフィール)
弁護士 平松英樹氏
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。不動産管理会社勤務を経て弁護士登録(東京弁護士会)。EMG総合法律事務所(東京都中央区京橋1-14-5土屋ビル4階)、EMG有限責任事業組合、首都圏マンション管理士会などに所属。

(「全国賃貸住宅新聞」2008年1月28日号掲載)

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