FP・弁護士・税理士・不動産鑑定士 専門家集団が斬る賃貸住宅市場
<第11回 震災時の法的責任>
損壊物件の入居者へは敷引適用不可
修繕義務の不履行が招く賃料減額
建物全壊なら契約は終了
去る7月16日に新潟県中越沖地震が発生しました。地震による被害は甚大です。地震発生を人為的に阻止することができない以上、地震大国日本に住む私たちは、地震によって生じる様々な事態を想定しておかなければなりません。そこで、今回は、地震によって賃貸建物が滅失・損壊した場合を想定してみましょう。普通の居住用賃貸建物が物理的ダメージを受けた場合、賃貸借の法律関係はどうなるのでしょうか。
まず、地震によって建物が全壊してしまった場合には、賃貸借契約は当然に終了します。この場合、敷金の処理も問題となります。契約終了時までに滞納家賃があれば、賃貸人は、滞納家賃分を差し引いて敷金を返還することになります。敷引特約があるケースでは、阪神淡路大震災後に多く問題(裁判)となりました。この点について、最高裁平成10年9月3日判決は、「居住用の家屋の賃貸借における敷金につき、賃貸借契約終了時にそのうちの一定金額又は一定割合の金員(敷引金)を返還しない旨のいわゆる敷引特約がされた場合において、災害により賃借家屋が滅失し、賃貸借契約が終了したときは、特段の事情がない限り、敷引特約を適用することはできない」旨を判示しています。
地震による建物損壊の程度が全壊といえない場合でも、建物の主要な部分が消失して、全体として建物としての効用を失い、借家契約の目的が達成できない程度の損壊であれば、建物は滅失したと評価できるでしょう。この場合も、賃貸借契約は当然に終了します。
建物が滅失したと評価できない場合には様々な問題が生じます。
損壊時の修繕費用 家主が原則負担
たとえば、損壊建物の修繕義務の問題があります。借家人は、賃貸人(家主)に対し、損壊部分の修繕を求めるでしょう。
家主は、原則として、借家人が契約の目的に従って建物を使用するのに必要な修繕をする義務があります。
修繕負担免れる正当事由での解約
しかし、必要な修繕が改築に匹敵するような大修繕となるような場合、賃貸人に修繕義務を負わせるとすれば当事者間の利益バランスを大きく欠きます。このような場合には、家主から借家人に対し、賃貸借契約の解約を申し入れる「正当事由」があるといえるでしょう(昭和35年4月26日最高裁判決参照)。解約により賃貸借契約が終了すれば、修繕義務もありません。
修繕義務に関し、通常の建物使用に影響がないような損傷(些細な損傷等)であれば、特約がない限り、賃貸人(家主)に修繕義務はありません。
なお、賃貸人(家主)としては、相当の修繕をする必要(義務)がある場合、その機会に、借家契約を解約して借家人に立ち退いてもらおうと考えるかもしれません。このような場合には解約申し入れの「正当事由」が不十分であるため、家主としては立退料や代替借家等の提供が必要になるでしょう。
賃貸人(家主)が修繕義務を負う場合には、支払賃料(家賃)についても問題が生じます。家主が修繕せず、これにより借家人の建物使用が妨げられた場合には、借家人の使用を妨げられた割合に応じて賃料が減額されることになるでしょう。
家主が建物を修繕する必要(義務)があるのに賃借人(借家人)が協力してくれない、というケースも考えられます。建物倒壊等のおそれがある場合には特に深刻です。家主は建物を修繕する義務がある一方、建物所有者として保存に必要な修繕をする権利もあります。そのため、家主は、借家人に対し、建物修繕に必要最小限の範囲で修繕に協力するよう求めることができますし、借家人はこれに協力する義務(受忍義務)があります。修繕に必要最小限の借家人の協力(行為)として、一定期間、建物を明け渡してもらうことも考えられます。そういうケースで、借家人が協力しない場合は厄介です。力づくで出て行かせることはできません。かといって、そのままにしておいたら、建物が倒壊して、建物内の借家人が被害を受けるかもしれません。そのような事態になれば、家主が借家人から損害賠償請求されるかもしれません。
借家人が家主の求めに応じない場合、次善の策として、家主は、賃貸借契約を解除(受忍義務の違反を理由に契約を解除)することになるでしょう。有効な契約解除がなされれば、借家人のその後の建物占有は違法な占有となります。その状況下で建物が倒壊して、借家人(占有者)に被害が生じても、家主としては減責されることになるでしょう。
(著者プロフィール)
弁護士 平松英樹氏
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。不動産管理会社勤務を経て弁護士登録(東京弁護士会)。EMG総合法律事務所(東京都中央区京橋1-14-5土屋ビル4階)、EMG有限責任事業組合、首都圏マンション管理士会などに所属。
(「全国賃貸住宅新聞」2007年8月13日号掲載)
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